先日のアンマのダルシャンでセーヴァをしていて困ったのが英会話。。
短いいくつかの単語すら聞き取れない。
長文をペラペラ話されたらそりゃわからないけど、少ない単語すらわからないって、まあ自分にがっかりしますね。
スマホを出す余裕があれば、翻訳アプリで話せるけど、アプリを通さず会話が出来たらめちゃくちゃスムーズだよね~。
それで、今日のつながりのサークルの課題で、「英語で話しかけられてわからなかったとき」という場面を共感してもらいました。
ニーズを推測してもらっている最中に、そういえば1月ごろ英語の勉強してたな~と思い出して、学びや成長が満たされていないことに気付きました。
今年の1月に、グルジと話したくて始めた英語の勉強。
忙しくていつの間にかフェードアウト。
だって、日常では話せなくてもちっとも困らないから。
ただ、4月にグルジに話しかけたとき、通じなかったかもしれない英語を披露したのは恥ずかしかった。
あれはたとえ通じてなくても、話しかけた自分の勇気を称えたい。
そして、グルジが帰国すればまた英語は不要になって、やっぱりまた英語わからないままかというダメな自分を認識する。
という経緯があったことを思い出した。
私のニーズは「意思疎通」。
だって英語が話せないとコミュニケーションが満たされない。
「意思疎通」というニーズでハート脳洞察を行ったら、グルジが振り向いてにやっと笑った。
今回アンマのダルシャンで英語が話せなくて困ったのは、グルジと話したいんじゃなかったの?という過去の決意を思い出した出来事でした。
大事な出来事って、シンクロが起こるし、色んなところからメッセージがやってくる。
そして、洞察したら行動計画を立てる必要がある。
行動しなきゃ、人生は何も変わらないから。
はいはい、英語やりますよ。ちょっとずつでも勉強します。